豊かな言語感覚を養い，国語の基礎・基本を培う指導の在り方
〜名詩・名文の暗誦指導を通して〜
目 次
１ 主題設定の理由--------------------
1
２ 研究のねらい----------------------
4
３ 研究の仮説------------------------
4
４ 研究と実践の内容------------------
5
(1)
授業における音読指導
ア 国語の基礎・基本-------------- 5
イ 小学校時代の反省-------------- 7
ウ まず，すらすら読めること------ 8
エ 教材文は最低１０回読む--------13
オ 変化のある繰り返し------------15
カ 音読テスト--------------------19
キ 指名なし音読------------------21
ク 丹田呼吸法--------------------23
ケ 成果--------------------------27
コ 生徒の変容--------------------29
(2) 名詩・名文の暗誦
ア 暗誦することの意義------------30
イ 職員玄関前黒板の活用----------34
ウ 学級開きでの暗誦--------------35
エ 朝の会での暗誦----------------35
オ 学級活動での暗誦--------------36
カ 学期始めでの暗誦--------------36
キ 大会前での暗誦----------------36
ク 私の好きな名詩・名文----------37
ケ 成果--------------------------38
コ 生徒の変容--------------------39
(3)
古典の暗誦
ア ２学年での実践----------------39
イ 暗誦の方法--------------------40
ウ 成果--------------------------41
エ 生徒の変容--------------------42
(4)
百人一首の活用
ア 五色百人一首とは--------------43
イ 全学年で実践------------------45
ウ 体育祭の種目になる------------46
エ 成果--------------------------47
オ 生徒の変容--------------------48
５ 今後の課題------------------------49
１ 主題設定の理由
「国語の基礎・基本をしっかりと身につけさせなければならない。」生徒の作文を読む度に，そう実感することが多くなってきた。
漢字が書けない，という生徒はざらだが，原稿用紙の使い方がわからない，作文表記上の決まりが身に付いていない，そういう生徒も珍しくない。
そして，何よりも危機感を抱かせるのが，生徒の言語に対する感性の乏しさである。
文字を乱雑に書いても気にならない。主述のねじれも気にしない。文末表現も，敬体・常体がごちゃまぜである。書き終わった文章を読み直し，推敲するという習慣がないために，後で自分で書いた文章を読み返すこともできない。こういった作文のいかに多いことか。
また，語彙の少なさも気になる。「ビミョー」「ムカツク」「ウザイ」などの若者言葉を最近よく耳にするが，それこそ微妙な違いのある，様々な感情の表現を，中学生はその一言で簡単に片づけてしまう傾向がある。日本語には，感情表現一つをとっても，その微妙な違いを表すことのできる，美しい言葉があるということを知らない。または，知ってはいても，使わない。使おうとしない。使えるほどの感性が磨かれていない。
日本語は，今，危機に瀕している。それは携帯電話の普及によるところが大きい。携帯電話によるメールのやりとりが，中学生にとっても当たり前の世の中になってきた。つまり，言葉を音声で表現するだけでなく，書き言葉として，表現する機会が増えてきたということだ。自分の気持ちや考えを文字で表現する機会が増えてきている，ということは，喜ばしいことではあると思う。しかし，話し言葉と書き言葉の境界が曖昧で，相手に対して誤解を与えるようなメールをよく見かけるのが問題である。言語に対する感性を，今，身に付けていかなければ，日本語は乱れに乱れ，大変なことになってしまうだろう。
「言語に対する感性」について，小学校学習指導要領解説国語編では「言語感覚」という言葉で表している。「言語感覚は，適否，正誤，美醜を中心とした言語の感覚」「一つ一つの言語活動の場面で，何を，どのように理解し，表現することが適切であるかを判断したり，言語表現を正確に評価し味わったりするために必要な言語に対する感覚」と示されている。
この「言語感覚」を育てるためにはどのような学習活動が有効であるのか。指導書の中では，言語感覚を育てる学習活動の例として，「優れた作品を視写し，音読したり暗誦したりする活動」「人の意見を聞いたり，自分の意見を述べたりする活動」「感じたことや考えたことを書く活動」「言葉の意味を調べたり，使い方を練習したりする活動」などが挙げられている。
私は，本校の生徒の実態から，この中の｢ 音読・暗誦」という最も基本的な学習活動が，生徒の言語感覚，すなわち，言葉に対する感性を育てるために有効かつ必要であると判断した。
温故知新。故きを温ねて新しきを知る。現在の国語の授業では，文章の解釈に多くの時間が裂かれ，「教室から音読の声が響かなくなった」と言われるようになって久しいが，今こそ原点回帰のときであると思う。
暗誦文化の復活，それが言語感覚を豊かにし，国語の基礎・基本を身に付ける最良の方法であることを信じ，本主題を設定した。
２ 研究のねらい
力のある優れた文章や詩に，数多く出会う機会をつくり，視写・音読・暗誦をすることを通して，生徒の言語感覚を育て，国語の基礎・基本を培う。
３ 研究の仮説
(1) 授業中の音読指導を徹底することにより，教材文をすらすら読めるようにすれば，国語の基礎・基本が身に付くであろう。
(2) 名詩・名文の暗誦をすることによって，優れた表現にたくさん触れるようにすれば，言語感覚が豊かになるであろう。
(3) 日本の伝統文化，百人一首の楽しみ方を知り，日本語の響きの美しさを味わえば，日本人としての感性が磨かれ，言語に対する感性も豊かになるであろう。
４ 研究と実践の内容
(1) 授業における音読指導
ア 国語の基礎・基本
国語の基礎・基本とは何か。
文章を正確に読めること・自分の考えを的確に表現できること・意思の伝え合いができること・漢字の読み書きができること，などが思い浮かぶが，私は，まず「文章をきちんと声に出して読めること」が一番，基本であり，大切なことだと捉えている。
国語はあらゆる教科の基礎である。どの教科のテストにも，問題文があり，それを読むことができなければ，問題を解くことさえできない。だから，国語の授業の中で，「教材文をすらすらと声に出して読めるようにしていくこと」が，最も重要なことだと考える。
「声に出して読みたい日本語」という本がベストセラーになったり，それに類似したテーマの書籍が続々と出版されたりしている現実からもわかるように，文章を音読・暗誦する学習の重要性が見直されてきている。
生徒のアンケート（２学年45名調査）を見ても，「国語の基礎・基本は，どのような学習で身に付けられると思いますか」の質問に対し，教材文の音読と回答した生徒が39名もいた。これは，漢字の練習42名に次いで，２番目に多い数字である。（資料� 檻押棒古娘�身，音読することの重要性には気付いていることがわかる。
しかし，実際の授業の中では，文章の読解に偏りがちで，音読の指導は軽視される傾向にあるのではないだろうか。
イ 小学校時代の反省
私は本校に勤務する前，小学校に６年間勤務してきた。その６年間，私はどんな国語教育をしてきたかを，振り返ってみる。
漢字練習は宿題でたくさんやらせた。コンクールに出すために，詩や作文をたくさん書かせた。物語文の読解をするときは，登場人物の気持ちをとらえるために，心情曲線を書くこともやってみた。吹き出しのついたワークシートも場面ごとに用意した。説明文の要約をするときも，穴埋めのできるワークシートを段落ごとに作った。発展学習として，紙芝居を作ったこともある。授業参観では，劇を行ったり，パビリオン形式の発表を行ったりもした。ビデオを使ってのニュース番組作りにも挑戦した。
だが，果たして，国語の基礎・基本を子どもに身に付けさせることができていたのであろうか。
中学校に送り出した生徒の学力診断テストの結果を聞く度に，いつも疑問に思っていた。
自分のやってきた教育はこれでよかったのであろうか，と。確かに，国語の学力は，目に見えるものだけでは判断できないところもあるが，数字を客観的に見せられると，考えてしまう。
学習プリントを何百枚と印刷して，朝自習で毎日取り組ませた年もあったが，改善した様子は見られなかった。
ウ まず，すらすら読めること
私の指導で足りなかったのは，音読の指導である。それに気付いたのは，５年目も終わりにさしかかった頃であった。
勿論，それまでも，音読の指導は授業の中で行ってはいた。しかし，決定的に量が足りなかった。当時，私の物語文の読解を中心とした授業の流れを説明すると大体，次のようになる。
(ｱ) 教材文の黙読をする。（児童）
(ｲ) 教材文の範読をする。（教師）
(ｳ) 読めない漢字や意味のわからない語句の確認を行う。
(ｴ) 新出漢字の練習をする。
(ｵ) 初発の感想を書く。
(ｶ) 段落の番号をつける。
(ｷ) 教材文のマル読み・段落読みをする。
（一文，あるいは段落ごとに，児童一人ずつ交代で読ませる方法）
(ｸ) 登場人物の確認をする。
(ｹ) 場面ごとに，登場人物の気持ちの変化などを考える。
(ｺ) 主題をつかみ，感想文を書く。
おわかりであろうか。児童が授業の中で音読する場面が非常に少ないことに。
マル読み・段落読みの場合，自分の順番の所だけしか音読しない。その他の部分は，他の児童が読むのを聞いているだけである。
自分の順番の所だけしっかり読めればよいので，自分の出番が終わったら，途端に緊張感がなくなる。隣の友達とおしゃべりを始めてしまう児童なども出てくる。先回りして，自分の読む文章の場所を探し当てることだけに必死な児童もいれば，どこを読んでいるのかすら，わからなくなってしまう児童なども出てくる始末である。
では，足りない部分をどのように補おうとしていたのか。勿論，「宿題」である。
「音読カード」（資料��）を使い，音読を宿題として出していた。日付と読んだ回数を書かせ，保護者印を押して持って来させるのである。教師はそれにコメントを書き，印を押すかシールを貼って返す。Ｂ５版に切った画用紙で作ったこともあったし，教科書に貼り付けられるミニタイプのものを作ったこともあった。
小学校の教員経験者であれば，誰もが使ったことがあるであろうと思われるこの「音読カード」，効果があるかどうか，などという確証もなく，検証をすることもなく，周りの先生方もみんな使っているという理由で，何の疑問も感じずに使っていた。
結論から言うと，「音読カード」に効果はあまりなかった。むしろ音読の苦手な児童には逆効果であった。
音読が好きで，国語の学習にも意欲的な児童は，どんどん自分でやってくるが，そういう児童ばかりではない。家庭学習の習慣が身に付いていない児童もいるし，家庭状況によっては，子どもが音読したことを確認してくれない親だっている。あくまで親任せ，家庭任せの学習なので，どれだけきちんと音読してきたのか確認する術もない。
大体，こういった宿題は，最初の頃は児童もやる気を出して取り組むが，だんだん面倒くさくなってきて，意欲を失っていくものである。最後には，教師も児童も形式だけ取り繕うようになってしまう。手間も時間もかかり，それだけの効果も期待できない。
この「音読カード」による音読の指導形式には，授業の中で，全文を，一人一人にしっかりと音読させようとする意思は皆無である。
私は，音読してこない児童，音読が苦手な児童がいることを，児童や保護者のせいにしてしまっていた。音読の力をつけさせるのは，教師の仕事ではないのか。これは，教師の責任転嫁以外の何ものでもない。
このままではいけない。音読の力は，教師が，授業の中で，責任を持って身に付けさせるべきである。そう考えるようになった。
教材文を，まず一人一人が，すらすらと読めるようになること。これが，国語の授業における，私の新しい目標となった。それができて，始めて文章の読解に入ることができるのだと，自分に言い聞かせた。国語の基礎・基本が身に付いていないのに，発展的な学習はできない。数学で言えば，かけ算の九九ができない人間に，方程式の応用問題が解けないのと同じ道理である。
この考え方は，中学校に移った今も，全く変わらない。
エ 教材文は最低10回読む
それ以来，音読の指導は，「授業の中で，教師が責任を持って行うもの」として捉え，国語の授業の在り方を，一から見直すことにした。
小学校最後の一年間，私は「音読カード」を使うのをやめ，その代わり，授業の中で音読をみっちり指導することにした。
「一つの単元で，教材文を最低10回読む」これを最低ラインと定めた。全員が，教材文の全文をすらすら読めるようにするためには，このぐらいの量が必要である。だから，最初のうちは１時間音読だけ，という授業になることもあった。
今までの授業形式と，全く異なるため，少なからず不安はあった。しかし，一年間辛抱強く続けてきた結果，「ああ，これでよかったんだ」と実感するできごとがあった。そのことについては，成果と生徒の変容の所で書く。
「音読カードを使わずに，教材文を最低10回音読をさせる」やり方について，以下に記す。
(ｱ) 教材文の題名の横に○を10個書く。
（資料�ぁ�
(ｲ) 教材文を１回読む度に，○を赤で塗りつぶす。
(ｳ) 授業中，変化のある繰り返しで何度も読ませる。
(ｴ) 家で読んできた場合も○を塗りつぶしてよいこととする。
題名の横に，○を書いて塗りつぶすという作業は，シンプルで，目に見えるため，音読の励みになる。
また，指導を続けていくうちに，○を塗りつぶした数が，授業で読んだ数以上になっている児童が出てくる。家で読んだ回数も塗りつぶしてよいルールにしてあるので，音読が好きで熱心な児童は家でたくさん読んでくるからである。
そういう児童を見つけたときは，教師は心から驚き，ほめてあげる。すると，他の児童も自然に頑張るようになる。無理強いの必要は全くない。強制しているわけでも，宿題でもないのに，○を２０個も３０個も書いて塗りつぶすような児童も出てくる。
保護者の確認印もいらなければ，教師のコメントもいらない。ただ，児童の頑張りを，授業の中で正当に評価し，ほめるだけである。
これで，児童のやる気を引き出すことができる。
オ 変化のある繰り返し
音読を主軸に据えた授業展開をするようになってから，わかったことがある。教師が思っている以上に「子どもは音読することが大好き」ということである。それだけで，「国語の授業が楽しくなった」という児童も出たくらいである。これは意外にも，中学生も全く変わらない。
小学校から中学校に異動したとき，「音読を重視する」という自分の指導方針に自信を持ちつつも，多感で不安定な中学生に，果たして私の授業を受け入れてもらえるだろうか，という不安があった。しかし，それは杞憂に終わった。中学生も，小学校での指導方法と全く同じやり方で，実に喜んで，意欲的に音読に取り組む。
しかし，中学生に「教材文を授業の中で10回読ませる」ためには，さらに工夫が必要である。毎時間同じような音読をしていては，生徒も飽きてしまう。そこで，様々な音読の方法を試みた。その方法について以下に記す。
(ｱ) 一斉読み
全員で一斉に読む。全員がすらすら読めるようになってから，スピードや間が合うように読ませる。
(ｲ) 追い読み
教師が一文読み，生徒が同じ所を繰り返して読む。教材文を初めて読むときに，読み方の確認をしながら時間をかけて，丁寧に読ませる。
(ｳ) 各自読み
各自，立って微音読し，読み終わったら座る。追い読みと合わせて，場面ごとに区切って行うと，授業に緊張感が出る。
(ｴ) 一文交代読み【二人組】
一文ずつ二人で交代して読む。読みの間違いをお互いに確認し合うことができる。
(ｵ) 一文交代読み【グループ】
一文ずつグループ内で交代して読む。音読の苦手な生徒も取り組みやすい。間違いの確認もできる。班や列対抗でスピードを競わせるのも面白い。
(ｶ) 一文交代読み【クラス全員】
一文ずつ教師と生徒全員で交代して読む。読点で区切って読んでも楽しい。慣れてくると，読みに心地よいテンポが生まれる。
(ｷ) 巻き込み読み
追い読みの形態で，教師は生徒が読み終わる少し前に読み始める。自然に読むスピードが速くなる。
(ｸ) スラスラ読み
一文交代読みで，巻き込み読みのように読む。教師と生徒の競争のようになって楽しい。
(ｹ) たけのこ読み
生徒に読みたい文を５箇所ぐらい選ばせ，自分の読みたいところに来たら立って読む。
つまり，同じ所を選んだ生徒は一緒に立って読むことになる。誰も選ばなかった所は，教師が読む。教師の読む回数が５回以内だったら，生徒の勝ち，５回を超えたら教師の勝ちなどルールを定めると盛り上がる。
(ｺ) 指名なし音読
一文ずつ，読みたい所を，読みたい生徒が自由に立って読む。途切れないように，一人の人間が読むように音読することを理想とする。後に詳しく記す。
(ｻ) 役割読み
役割分担を決めて読む。話し合いをして，群読に発展させる。
以上のような，多種多様な音読の方法を取り入れることにより，生徒に飽きさせず，授業の中で最低10回は教材文を読ませることができる。そして，全員がすらすらと読めるように鍛えるのである。
前に述べたように，家で音読をしてくるような熱心な生徒を，授業の中で取り上げ，みんなの前で賞賛することを毎時間必ず行う。そうすることによって，強制ではなく，自然に音読を頑張る雰囲気が学級の中に生まれるのである。
カ 音読テスト
「教材文を授業の中で10回読ませる」ことは，以上に示したような方法で行えば，容易である。
しかし，ただ，何度も読ませればいいというものでもない。中には，周囲に紛れて読めないのをごまかそうとする生徒もいるからである。読めたかどうかを，教師が確認して，初めて生徒に音読の力がつくのである。
読ませっ放しでは，生徒自身向上が自覚できず，教師も把握できない。音読のテストをこまめに実施し，個別に評定する時間が必要だ。但し，こまめに実施するためには，テンポよく，短い時間で済むようにしなければならない。以下に，音読個別評定テストの方法を記す。
(ｱ) 音読テストのルールを説明する。
＜指示内容＞
「音読のテストをします。合格と言われたら座ります。駄目だった人は合格するまで立っていなさい。」
(ｲ) 列に沿って立たせ読ませていく。
音読をさせる量は１〜２文程度にする。テンポよく進めるため，次に読む生徒はあらかじめ立たせておく。
(ｳ) 個別評定を行う。
声の大きさ，張り，調子などを総合的に見て，テンポよく評価していく。間違いや，つっかかりは勿論不可である。
＜評価の仕方例＞
・生徒「ころは二月十八日の…。」
・教師「合格。」
・生徒「舟は，揺り上げ…。」
・教師「元気がない。次」
・生徒「舟は，揺り上げ揺りすゑ…。」
・教師「すばらしい。合格。」
・生徒「沖には平家，舟を…。」
・教師「もたもたしてる，次。」
(ｴ) ほめる
必ず，最後には全員を合格させ，向上を認め，ほめる。
キ 指名なし音読
この項では，前述の「指名なし音読」について，詳しく説明する。この音読をすることによって，生徒の積極性を育て，譲り合いの精神を養うことができる。以下にその方法を示す。
(ｱ) 机を教室の中心に向ける。
お互いの顔が見えるようにするのである。
(ｲ) 一文ずつ読みたい生徒から立って読む。
立ちやすいように，いすを引き気味にし，浅めに座っておくよう指示する。同時に二人以上が立ったら，譲り合う。なるべく，発表の少ない生徒に譲るよう話す。
(ｳ) 一人の生徒が読んでいるようにつなげる。
慣れるまでは，なかなか難しい。読みたいときは，前の人が読んでいるうちに，あらかじめ立っておくよう指示すると，うまくいきやすい。バレーボールに例えて，ボールを落とさないように，つなげていくというイメージで音読もつなげていくんだというような話をする。
(ｴ) ほめる。
とにかく，ほめる。最初に立って読んだ生徒。男女別の一番目の生徒。初めて立って読んだ生徒。積極的に何回も読んだ生徒。友達に読むのを譲った生徒。前回読めなくて今回読めた生徒。途切れたときに，つなごうとした生徒などなど，それぞれ取り上げ，賞賛し，みんなで拍手し合う。
全員が立って読めるようになるには，時間がかかるが，根気よく続ける。１回も立てなかった生徒には，教師と一緒に，立って１〜２文読ませ，次回は読めるよう意欲付けを図る。
続けていくうちに，指名がなくても，立って読むことが普通にできるようになり，話し合い活動などのとき，この形式が応用できる。
人の話によく耳を傾ける姿勢も身に付く。
ク 丹田呼吸法
国語は，午前中の授業に入っていることが多いが，なかなか授業に身が入らない生徒の姿を見かける。原因としては，朝食をとってきていない，寝不足，家庭での不安や友達とのトラブルを抱えているなど，様々であるが，
そういう生徒に共通して見られる特徴がある。
大体，イライラしていて，顔や肩，背中が緊張していてこわばり，脈拍数も高い。これは，現代の中学生全般に見られる傾向でもあるが，つまり，心も体もリラックスできていない生徒が多いということである。
体育の学習では，「体ほぐしの運動」というものが取り入れられ，今，盛んに実践されている。心と体をほぐし，リラックスすることによって，心と体のバランスを調整することが目的である。
心と体がリラックスしていなければ，授業に集中できるわけもなく，学習内容も頭に入ってこないであろう。
そこで，私は，授業の始めに呼吸法を取り入れることを試みた。私は，合気道・空手道・古流柔術などの日本武道を20年ほど，修行しているが，私の脈拍数は平均50程度と，一般の成人男性より低めである。これは，武道を通して，呼吸法を長年修行していることの影響が大きい。
人間，イライラしたり，怒ったりしているときは脈拍数が高い。一方，楽しいとき，リラックスしているときは，脈拍数が低くなる。そして，脈拍数は呼吸を深くゆっくりすることによって，調整することができる。
まず正座をし，姿勢を正して肩の力を抜く。黙想をし，鼻からゆっくり15秒吸い，頭の上から背中を通って，体の前面に戻ってくるようなイメージを描きつつ，お腹が膨らむようにして，２秒ほどためる。息を口からゆっくり15秒間ほどかけて吐き出し，肺の中の空気を全て出し切る。この行程を５分〜10分繰り返す。これを「丹田呼吸法」と言う。
この呼吸法を授業の始めに行うと，生徒のいらいらや緊張がとれ，リラックスでき，ざわついた雰囲気はなくなり，授業に集中して取り組めるようになる。
1)「理想の国語教科書」の中に以下のように書かれている。
「朗読を聴くには，構えが必要だ。静かな気持ちになるほど言葉はしみ通る。そこで，私は朗読の前に二分間の丹田呼吸法を行うことにしている。その呼吸法は，鼻から三秒間吸って，二秒間止め，十五秒かけて口からゆっくり吐くのを，六回繰り返すというものだ。
私が定式化したこの丹田呼吸法を行うと，それまでざわついた場が静まり，聴く構えができてくる。この呼吸法を行わずに朗読に入ると，子どもによっては話し始める者が出る。呼吸法を行うと，無駄話をする者は出ない。充実した沈黙ができあがる。
この呼吸法は，単に静かになるというだけではない。意識のコマ割が増えるのである。以前，ＮＨＫ・ＥＴＶスペシャル『脳に秘められた人格』という番組で，この呼吸法を高校生相手に私が実験したところ，呼吸法前と呼吸法後で，単純な算数の計算の効率が非常に上がるという結果を得た。吐く息を長くする丹田呼吸法によって，意識が鮮明になり，集中力が増すのである。」
私が学んだ呼吸法と，鼻から吸う秒数が違うが，ゆっくり呼吸をするということと，吐く息が大切という基本的な考え方は変わらない。生徒に二つの方法を試させてみたが，15秒間吸うというのは，生徒にとってはかなり大変だということがわかった。齋藤孝氏の定式化した方法のほうが，時間的にも短くすむので，今は，こちらを採用させていただいている。
いずれにせよ，「声に出して読みたい日本語」の著者が，ほぼ同じ実践をしていたことに驚き，また，嬉しかった。私の実践を理論的に裏付けてくれたような気がして，「我が意を得たり」という気持ちになることができた。
ケ 成果
「音読は宿題。家庭学習で各自がやって身に付けるもの。」という考え方から，「音読は授業の中で，教師が責任を持って身に付けさせるもの。」という考え方に変わり，授業に対する考え方も大きく変わった。国語教師としての大切な仕事を，他に責任転嫁してはならない。
そして，この音読を国語の基礎・基本と捉え，授業の中で徹底的に反復練習する私の授業スタイルは，生徒におおむね好評である。
アンケートの結果を見てみると，国語の授業が好きと答えた生徒の数が，事前では45名中10名であったのが，事後では29名に増えている。（資料� 檻院�
教材文をろくに読めないまま，初発の感想を書き，中身を検討し，主題をつかむという，雲をつかむような学習活動より，音読のスキルを向上させるという，明確な目標があり，上達も実感できる学習活動の方が，生徒にはよりシンプルでわかりやすいのであろう。
しかも，教材文を暗誦できるくらい，すらすら読める力がつけば，他の，初めて見る文章にも対応できる。文章を読むことに自信がつき，苦手意識がなくなるからだ。
教師としては，実践を続けていく中で，音読を指導する際のポイントを，明確に抑えることができたのが大きい。最後に，そのポイントをまとめて整理しておく。
＜音読指導のポイント＞
(ｱ) 題名の横に○を１０個書き，一回読み終わる度に，赤で塗りつぶす。
(ｲ) 変化のある繰り返しで，何回も読ませる。授業の中で最低１０回は読ませる。
(ｳ) きちんと読めているかを，一人一人テストによって確認する。
(ｴ) スラスラと速く読めるようになるまで鍛える。
(ｵ) 必ず，一人一人のよさを認め，励まし，賞賛する。
(ｶ) 一年間継続して行い，生徒の成長を辛抱強く，じっくりと待つ。
コ 生徒の変容
まず，「国語が好きだ」と答える生徒が増え，意欲的に授業に取り組む生徒が増えた。
アンケートの調査結果を見ると，「国語は好きですか」の質問に「はい」と答えた生徒が10名から29名に「ふつう」と答えた生徒が30名から14名に，「いいえ」が５名から２名になっていた。（資料� 檻院�
嫌いな理由として，本が読めない，漢字が読めない，文章問題が苦手という意見が多かったが，その点が少しでも改善されたことの表れだと思われる。
根拠のある数字を提示できないのが残念だが，漢字の読みの正答率が上がった。また，実力テストなどで，難解な文章問題が出てくると読もうとせず，白紙で解答用紙を提出するような生徒も，一生懸命，問題に取り組もうとする姿勢が見られるようになった。そして，問題の読み違いによるミスも減った。
何より，「国語の基礎・基本は音読」と捉える考え方が生徒の間にも浸透し，生徒が音読を進んで楽しむようになったことが，大きな変容と言えるだろう。
(2) 名詩・名文の暗誦
ア 暗誦することの意義
今，何故暗誦なのか。齋藤孝氏はこう著書の中で述べている。
2)「いま，暗誦文化は絶滅の危機に瀕している。かつては，暗誦文化は隆盛を誇っていた。（中略）小学校の授業においても，暗誦や朗誦の比重は低くなってきているように思われる。詩の授業を参観しても，その詩を声に出して朗読したり暗誦したりすることはあまりおこなわれず，詩の解釈に時間が割かれることが多い。詩は，朗誦したり暗誦したりすることにこそ魅力がある。意味を優先させるあまりに，小中学校の国語の教科書には簡単なものしか載せなくなってきている。日本語を体得するという観点からすると，子どもの頃に名文と出会い，それを覚え，身体に染み込ませることは，その後の人生に莫大なプラスの効果を与える。意味を解釈したとしても，暗誦できていないとすれば，その詩や名文の威力は半減してしまう。
暗誦文化は，型の文化である。型の文化は，強力な教育力を持っている。一度身につけてしまえば，生涯を支える力となる。日本語の感性を養うという観点から見れば，暗誦に勝るものはない。最高のものを自分の身の内に染み込ませることによって，日本語の善し悪しが感覚としてわかるようになる。モーツァルトを聴くことで，音楽の質を感じとる感性が養われるように，最高級の日本語にはじめから出会う必要がある。」
昔から日本人は，型による教育を重視してきた。日本舞踊・茶道・華道・武道。いずれも型の反復練習によって技術を磨く。齋藤氏は，暗誦は型の教育の典型だと言う。
では，型とは何か。齋藤氏の定義によるとこうなる。
3)「型とは，非常に高レベルに達した者のパフォーマンスを凝縮したものである。
型は，重要な基本が凝縮されているものなので，それを反復練習することによって自然に身に付くことになる。
型は，明確な規定がなされているので，個人のセンスや発想がそれほど豊かでなくても一定の成果をあげることができる。」
このような型教育としての典型の暗誦が，国語の基礎・基本を身につけるために役立たないわけはない。日本語の感性を豊かにするだけではなく，日本語を書く力や聞く力，日本語で話す力や考える力，全てに影響を与えるはずである。
一方，意味のわからない文章を覚えさせるのは拷問だという考え方がある。確かに，やり方によっては無味乾燥な強制になってしまうことも十分あり得る。暗誦が受験勉強の暗記と混同され，「詰め込み教育だ」と批判される対象にもなりかねない。
しかし，暗誦すること自体は，必ずしも苦痛ではない。暗誦の方法を，きちんと身につけてしまえば，むしろ楽しい。暗誦には身体を心地よく揺さぶる韻律やリズムがあるからである。
その昔，暗誦や朗誦が行われていた藩学や寺子屋で学んだ先人が近代日本を創ったのだ。今こそ，暗誦文化の復権を唱えるときだ。 「声に出して読みたい日本語」がベストセラーになり，同様のテーマの書籍が次々に出版されているという現実がある。まさに時代が暗誦を求めているのである。
次の項目からは，私が実際に生徒に暗誦させた名文・名詩を紹介する。
イ 職員玄関前黒板の活用
本校の職員玄関前には，縦60cm×横50cmの小さい黒板がある。私はその黒板を利用して，他の職員や生徒に，名文や名詩を紹介している。
季節や行事などを考慮したり，私のそのときの気分などに応じて１〜２週間ごとに１回，書き換えている。小さい黒板なので，詩や名文の一部分や，短歌などを主に書いている。
職員にも好評で，生徒に暗誦させたものは，
朱子の「偶成」（資料�ァ砲函す眤叱�太郎の「道程」（資料�Α砲任△襦Ｂ心兇蔽羈慇犬砲蓮ぞ�なからず感じるところがこの二つにはあるようだ。
ウ 学級開きでの暗誦
小泉周二の「新しい人」（資料�А砲魄搭屬靴拭�小泉周二氏は本県在住の詩人で，現在那珂湊中に勤務する国語の教師でもある。目の病気のため，ほとんど失明状態にあるが，勝田混声合唱団のメンバーとして，弾き語りも行うなど精力的に活動している方である。小泉周二氏の詩はプラス思考で，元気をもらえる。初めて出会った生徒たちと，一緒に暗誦したい詩である。
エ 朝の会での暗誦
「口の体操」（資料�─法崛畍�言葉」（資料��）が，お薦めである。慣れるまでに，少々時間がかかるが，慣れてしまえば，心地よい響きとリズムを楽しむことができる。
頭の回転を速くし，割舌をよくするのに効果的である。国語や音楽の授業の最初に行ってもよい。
オ 学級活動での暗誦
文部科学省発行の「心のノート」（資料��・��）は，実は名詩・名文の宝庫である。私は学級活動・道徳等で，暗誦用のテキストとして活用させていただいている。
カ 学期始めでの暗誦
学期始めならこれである。世阿弥元清の｢ 花鏡」より「初心忘るべからず」。（資料��）「初心忘るべからず」という言葉自体はポピュラーでも，その出典と全文はあまり知られていない。学期始めの新鮮な気持ちを忘れないためにも，私のクラスでは，折に触れて全員で覚え，朗誦している。
キ 大会前での暗誦
新人体育大会・総合体育大会の２週間ぐらい前から，私の学級では，帰りの会で「よく伸びる選手の条件」（資料��）を，大地も割れんばかりの勢いで唱和する。「よく伸びる選手の条件」は，学法石川高等学校野球部監督，故柳沢泰典氏の言葉である。この言葉は，運動選手にだけではなく，全ての人に当てはまることであると思う。よくかみしめて暗誦したい言葉だ。
ク 私の好きな名詩・名文
まだ暗誦させるまでには至っていないが，これから暗誦させていきたいと思っているものの，一部を紹介する。
(ｱ) 「生ひ立ちの歌」 中原中也
(ｲ) 「少年の日」 佐藤春夫
(ｳ) 「君死にたまふことなかれ」与謝野晶子
(ｴ) 「雲」 山村暮鳥
(ｵ) 「素朴な琴」 八木重吉
(ｶ) 「火を」 武者小路実篤
(ｷ) 「五輪書」 宮元武蔵
(ｸ) 「論語」 孔子
(ｹ) 「いろは歌」
(ｺ) 「耳」 ジャン・コクトー（堀口大學訳）
(ｻ) 「落葉」ポール・ヴェルレーヌ
（上田敏訳）
(ｼ) 「春」 安西冬衛
(ｽ) 「雨ニモマケズ」 宮沢賢治
(ｾ) 「孫子」 孫武
(ｿ) 「南総里見発見伝」 曲亭馬琴
（資料14〜27）
まだまだ，挙げ足りないが，できるだけ数多くの名詩・名文に触れさせていきたいと思っている。
ケ 成果
齋藤孝氏は，こう言っている。「暗誦した古典は，いわば土に埋められた宝石である。」「幼いころの暗誦は，いわば表面にあらわれない地下の水脈のようなものである。」と。
確かに，今の段階では，成果が目に見える形となっては現れては来ないのかもしれない。
しかし，生徒の言語感覚が磨かれていることは間違いない，と信ずる。埋められた「宝石」が，きっといつか，見つけ出されることを願っている。
さらに指導者側としても，名詩・名文を生徒と共に暗誦することを通して，改めて日本語の美しさ・素晴らしさを再確認できたことが大きな成果である。
コ 生徒の変容
生徒のアンケート（資料�◆�13）を見ると，今までに，名詩や名文の暗誦をする機会が少なかったことがわかる。教科書から，重みのある文章が少なくなり，昔から受け継がれてきた名詩・名文にふれる機会が少なくなっていることもあるのであろう。
しかし，実際に取り組ませてみると，ほとんどの生徒が，楽しそうに，しかも真剣に取り組んだ。休み時間など，暗誦した文章を友達と言い合っている姿をよく見かけるようになった。
何より，「文章を声に出して読むのは楽しい」と感じる生徒が増えたことが，一番の収穫であると思う。
(3) 古典の暗誦
ア ２学年での実践
２学年「古典に親しむ」の単元では，昔の日本人なら，皆，暗誦に取り組んだであろうと思われる名詩・名文が取り上げられている。
「平家物語」，清少納言の「枕草子」，兼好法師の「徒然草」，孟浩然の「春暁」である。（資料28 29 30 31）
これを暗誦しない手はない。今の指導書では，解釈にかなりの時間を割いているが，私はあくまで，暗誦重視で指導計画を立て，指導案を作成した。（資料32 33）
イ 暗誦の方法
暗誦をさせるためには，暗誦の方法を学ばせる必要がある。ただ闇雲に「覚えろ」と言っても，国語の苦手な生徒は，やる気をなくしてしまう。私は次のように指導した。
(ｱ) 暗誦する文章を視写する。
(ｲ) 変化のある繰り返しで何回も読む。
(ｳ) 一斉読みをする。
(ｴ) 文章中の文字を少しずつ消しながら， 一斉読みをしていく。
(ｵ) 全て消した状態で一斉読みをする。
(ｶ) 各自，暗誦の練習をする。
(ｷ) 暗誦のテストをする。
暗誦のテストは，自信のある者から，前に出て発表し，教師が合否を判定する。判定は厳しく行う。少しでも間違ったり，つっかかったりしたら不合格である。
合格したら，その生徒はその瞬間から，審査員になることができる。審査員になった生徒には，友達の発表を休み時間等に聞いてやり，合格を出すことのできる資格を与える。
前に出て発表して合格した生徒には◎，審査員の友達に聞いてもらって合格した生徒には○を，チェックリストにつけることを，前もって話しておく。（資料34）
これだけで，暗誦することが流行する。休み時間等，教室や廊下で，暗誦の響きがこだまする。
ウ 成果
暗誦の方法を身に付けさせることによって，皆が抵抗なく，暗誦に取り組めるようになった。そして，スラスラ読めるまで鍛えれば，日本語の響きの美しさやリズムの心地よさを楽しめるようになり，古典への苦手意識が少なくなることがわかった。
また，暗誦できるくらい文章を読み込ませれば，解釈にそれほど時間をかけなくても，おおよその内容をつかめるようになることがわかった。
逆を返せば，音読ができない状態で解釈に移っても，内容の説明に時間ばかりかかってしまい，そのよさが理解できず，古典への興味を失わせてしまう恐れがある，ということである。
エ 生徒の変容
暗誦テストをしているとき，一つのドラマが生まれた。
Ａ男はおとなしい性格で，不登校気味の生徒である。学力も遅れがちで，漢字は小学校６年生のものも危うい。普段は授業中でも，自分から進んで発表することなど，皆無である。しかし，その日彼はヒーローになった。
おもむろに，もじもじしながら前に出たＡ男は，「平家物語の冒頭」「徒然草の序段」「枕草子の春の一節」を一気に淀みなく，流れるように暗誦したのである。
クラスは歓声と拍手の渦に包まれた。
「暗誦は難しい」というイメージから，｢ やれば誰でもできる」そういう雰囲気がクラスの中に生まれた。その後，暗誦テストに熱心に取り組む生徒の姿が増えたことは，言うまでもない。
(4) 百人一首の活用
ア 五色百人一首とは
百人一首は，日本文化を語る上で欠かせない重要アイテムである。暗誦のテキストとしても最高のものだ。日本人なら，必ず一度は体験しておきたい。
しかし，現代の日本人にとっては，百人一首は身近なものではないらしい。正月に，百人一首で遊ぶ家庭はまずないし，あったとしても「坊主めくり」が関の山である。
日本の優れた伝統文化を，ここで絶やしてはならない。是非とも学校教育の場で取り入れたい。
しかし，百人一首を教室で扱うには問題がある。「百枚覚えるのが大変」「試合時間がかかりすぎる」という二つの欠点があるからである。
そこで，その欠点を克服するために生まれたのが「五色百人一首」である。（資料35）
五色百人一首は，五色（青・緑・黄・ピンク・オレンジ）の二十枚ずつに分けてあり，その二十枚を使って対戦するので，１試合３分ででき，しかも覚える負担が少ないのが特徴である。
また，字札（取り札）の裏に上の句が印刷してあり，「試合中に裏を見てよい」というルールを導入することで，「上の句」「下の句」を試合中に覚えることができる。（資料36）
イ 全学年で実践
私は，この五色百人一首を，全学年・全学級で行うことを試みた。それだけの価値のあるアイテムだと思ったからだ。
毎時間，授業開始後10分間は，百人一首の時間とした。慣れるまでは，15分以上かかってしまうこともあったが，今では５分強で終わる。
以下に，五色百人一首の指導法を記す。
(ｱ) 基本的に１対１の勝負とする。
(ｲ) ４人１チームをつくる。
(ｳ) 上からチームのランク付けをする。
(ｴ) ランクは上から，「横綱」「大関」「関脇」「小結」「前頭」「十両」「幕下」「三段目」「序二段」「序の口」とする。
(ｵ) ２試合１セットとする。
(ｶ) １試合目は正面の人と行う。
(ｷ) ２試合目は４人の中で，勝った人同士，負けた人同士で行う。
(ｸ) ２試合終了した時点で，２勝の人はランクアップ，２敗の人はランクダウン，１勝１敗の人はそのまま。
(ｹ) カードは18枚までしか読まない。
(ｺ) お手つきは，自分の持っている札を場に１枚出す。
(ｻ) おしゃべりもお手つきと同じペナルティ。
(ｼ) 手は下においておく。
(ｽ) 立ってやっても構わない。
(ｾ) 同時のときはジャンケン。
(ｿ) 試合中，裏を見ても構わない。
(ﾀ) 終わったとき，枚数の多い方が勝ち。
（資料37） 校内公開授業で百人一首の授業を行ったが，（資料38）参観していただいた先生方から，「楽しかった」「どの生徒も楽しそうに取り組んでいてよかった」「わかりやすかった」「歴史の勉強にもなって興味深かった」「生徒がよく百人一首を覚えていて，素晴らしかった」などの感想が寄せられた。
ウ 体育祭の種目になる
平成14年度体育祭では「声に出して読みたい日本語レース」（資料39）が，平成15年度体育祭では「百人一首ゲーム」（資料40）が，生徒からの要望により種目として採用された。暗誦と百人一首が，生徒の間で流行した表れである。
エ 成果
日本の伝統文化である「百人一首」を，生徒に楽しく体験させることができた。百人一首を学ぶことによって，古典的な仮名遣いへの抵抗が少なくなり，古典文学への興味を持たせることもできた。
さらに，日本語の心地よいリズム，響きの美しさを味わうことによって，言語に対する感性が磨かれてきた。そして，昔の人の思いにも触れることができた。
また，テストによく出てくる「古文を現代仮名遣いに直す」という問題の正答率が大きく向上した。なぜなら，百人一首では「けふここのへに」と書いてある札を「きょうここのえに」と耳で聞いてとるので，知らず知らずのうちにトレーニングされるからである。
オ 生徒の変容
生徒のアンケートの結果（資料� 檻検Γ后砲鮓�ると，「暗記力がついた」「古典がわかるようになった」「男女仲がよくなった」｢
昔の人の気持ちがわかるようになった」など，感謝の声がたくさん寄せられている。
今まで，百人一首など触ったこともない生徒がほとんどであったが，百人一首をやることによって，日本語に対する興味・関心が増したのではないかと思う。
また，百人一首に，自主的に取り組む生徒の姿が見られるようになった。百人一首に関する本を買って，朝10分間読書のときに読む生徒。家の押入れの奥にしまい込んでいた百人一首を引っ張り出し，家族で一緒に楽しむようになった生徒。百人一首を自ら購入した生徒も４人いた。
百人一首をインターネット上で楽しむ生徒も増えてきた。百人一首の全国ランキングをつけるホームページ（資料41）があり，現在，本校の生徒が上位を占めるまでになった。（資料42）
５ 今後の課題
名詩・名文の音読，暗誦を通して，生徒の言語感覚がどのように豊かになったのか，基礎・基本がどこまで身に付いたのか，次は数値で判断していけるよう，研究を重ねたい。
しかし，きっと，生徒の心の中には「宝石」が埋め込まれたはずである。その宝石が，いつか必ず見つけ出されることを信じて，この実践を継続していきたい。
目指すは，暗誦文化の復活である。再び，
どの学校の，どの教室からも，音読の響きが聞こえてくるような，そんな国語教育を取り戻したい。
今こそ，先人の教えを，謙虚に学ぶときである。
＜引用文献＞
1)「理想の国語教科書」 齋藤孝 文藝春秋 P.325
2)「声に出して読みたい日本語」 齋藤 孝 草思社 P.199
3)「身体感覚を取り戻す」 齋藤 孝 ＮＨＫブックス p.111
＜参考文献＞
・中学校学習指導要領解説 国語編（平成１０年１２月） 文部省
・声に出して読みたい日本語２ 齋藤 孝 草思社
・子どもといっしょに読みたい詩 小林 信次・水内 喜久雄 あゆみ出版
・中学校で読みたい詩１２か月 水内 喜久雄・木坂 涼 民衆社
・向山型国語教え方教室 No.0〜No.15 向山 洋一 明治図書
・授業で使える「五色百人一首」小話集 小宮 孝之 明治図書